ナンシー関ならこんな毎日をどんな風に書くだろう。

 生きておられたら、明日7月7日でナンシー関さんは55歳。15年前の6月12日、40歳を目前に亡くなられている。


90年代に青春時代を過ごした何かしらのカルチャー好きであれば、小学校中学校的な義務教育、大学で言うところの一般教養みたいなもんで通ってない人はいないであろう。通過儀礼というか、何というか。


名付け親のいとうせいこう氏を始め、周りにおられた方に、その後、取材などで逢う度に、生きておられたら逢えていたのかなとも想うし、未だに亡くなった時の喪失感は覚えている。


好きだった事も亡くなった事も事実で、それ以上でも、それ以下でも無くて、何も言える事はない。そして、逢いたくても逢えなかったというのが大きい。中島らもさんにも近い感情なのかも知れない。


そういや、13年前になんばハッチで開催された中島らもさんのお別れ会で、芥川賞作家のモブノリオさんが『らもさんから教わった事は、逢いたい人には生きている内に逢いなさいという事です』と話されていて、納得せざるおえなかった。ちなみにモブさんは、らもさんに生前逢う事が出来なかった。


これがミュージシャンだと、亡くなっていても、音源はもちろん、映像であったりと、もっと身近に感じる事が出来るし、トリビュートなんて言って他のミュージシャンの体を借りて、魂まで再現する事も出来るのだが、やはり文筆家は違う。


写経じゃないんだから、その人の文章を再現する事も出来ないし、朗読されたとしても全くピンとこないだろう。


生前に残された本を静かに読むしかない。そっと個人を偲びたい。


そんな中、たまに明らかに『お前、ナンシー関みたいと言われたいんだろ?!』みたいな文章を書く人がいる。大体、そういう人は世の中を斜に見ながら辛口評論をしたら、ナンシー関さんになれると勘違いしている。


そんな墓を荒らすかのような行為だけは避けてほしい。


大きく違うのは、まず本当に想っているかという事。こういう風に書いたら、ナンシーさんっぽく思われるだろうという邪気が感じられただけで気持ちが萎える。


後、明らかにナンシーさんは評論家ではなくウォッチャーであったという事。


評論家というのは権威主義者であり、上から目線になる。


だからこそ、最近ネット記事でよく見る放送作家と弁護士の親子の記事がつまらないのだろう。どちらも先生と言われるような立場であり、演者への、現場への敬意が無く、あからさまに評論している自分に酔っている。


ナンシーさんは、あくまで一般市民視点、一般視聴者視点としてブラウン管の動向をウォッチングしていた。


ただ単純に胡散臭いもの、スベっているものに対して、まっとうに反応していただけである。表現への圧倒的な愛があるからこそ、胡散臭さやスベりに対して許せなかったのだろう。


それと凄かったのは、愛はあっても必要以上の情を持たなかった事。人間なんて、どれだけ嫌いな人でも、度を超していなかったら、何となく、その人柄を好きになり、なし崩しのつもりはなくても、結果なし崩しに、その人の事を許してしまう。


だからこそ、ナンシーさんは必要以上に演者や関係者に逢わなかったのであり、逢ってしまった人に対しても情に流されず、引き続き冷静にウォッチングを続けていた。


その流れから、テレビ出演も『自分のイメージをコントロールできないから』という理由で、1993年以降出演していないし、それまでも4回しか出演していない。


そこを貫いたからこそ、一般市民、一般視聴者の視点を忘れる事はなく、権威主義者にも業界関係者にもならなかった。


ネットを観ていると「預言者」と持ち上げる声も多く、意味もわからなくはないが、ただただ彼女は想った事を言っていただけ。特別な事だではなく、普通の事を言っていただけなのだ。


今、読み返すと結構キツめの事も言っている。それが、あまりにも毒々しく怖く感じなかったのは、ユーモラスな画風の消しゴム版画や、あの太った見た目が中和していたようにも想う。


最後に個人的に一番好きなナンシーさんの話を。1993年2月、作家の島田雅彦氏が担当していた毎日新聞内連載『瞠目新聞』で、彼女は『子育ての自己陶酔はイヤらしい』というコラムを書いた。


子育てが絶対的主義と捉える一般市民から批判投書が殺到して、彼女はアブノーマル的に、ヒステリー的に全否定された。


後に島田氏の単行本『瞠目新聞』に、反論として『私の意見は極論か』という原稿を寄せている。このタイトルが本当に好きで、彼女は自分の意見が正論だと何も疑っていない。極論だと想われる事を、全く快く想っていない。


彼女は、全てに対して当たり前の様に正論を言っていただけなのだ。


特に『私の意見は極論か』は、怒りと悲しみに満ち溢れた文章である。弱者から強者への視点、マイノリティーからマジョリティーへの視点。そう考えると、明らかにカウンターカルチャーであるし、異分子を排除する世間の姿勢に真っ向から反論した。


そうそう、ここまできたら全て書いておこう。同じ太った見た目で毒を吐く人でいうとマツコ・デラックスさんがおり、ナンシーさん≠マツコさんと語る人も多い。


女性であるナンシーさんは男性的な理性で語る人であり、女装しているマツコさんは女性的な感情で語る人である。だから、両者は全く違う。似て非なる者である。


長々と理性的に語る人より、端的に感情的に語り、その上、社交的な人の方がメディア的にも、お茶の間的にも断然ウケるだろう。


結局、わかりやすくシンプルストレートなものがマジョリティーになる。そう考えるとナンシーさんは孤高の人であり、圧倒的にマイノリティーであった。


だが、『私の意見は極論か』を読み返す度に、いつも想う。彼女は、揺るぎない正義であったと。


亡くなって、もう15年も経ってしまった。彼女が生きていたら…、想っても仕方ない事を、やはり想ってしまう。


ナンシー関ならこんな毎日をどんな風に書くだろう…。