苦悩のカレーライス。

 9月は東京から多くのバンドマンが来阪しているので、取材が本当に多い。その度に聴かれるのは、「どこのカレー屋が美味しい?!」。


ひと昔前であれば、それはお好み焼き屋であり、たこ焼き屋であり、うどん屋であった。が、今は、もう絶対的にカレー屋である。いつの間にか、大阪=美味いカレー屋になっている。


僕はといえば、家のカレーか地元芦屋にもあるインディアンカレーか、阪急芦屋川近く『白石』のカレーライスしか基本、興味はない。後は、知り合いのバーが作るカレーをたしなむくらいである。


以前、雑誌『Meets』カレー特集で、『あなたのお気に入りのカレーを教えてください』なんていう業界人アンケート企画でも北新地のカレーうどんを紹介したくらい、世のカレーブームとは距離を置いている。というか全く、その距離に入る資格が僕には無いのだ。一般カレー民なので。


実際、僕の周りにはカレーに詳しい業界人も多く、その人たちが連れて行ってくれるカレーは確かに美味しい。ただ、カレー屋というのは難儀なもので入り組んだ道すがらにあるので、後からひとりで行こうと想っても、道に迷って絶対的に辿り着く事は出来ない。


まぁ、何かしら、みな、お仕事に繋がりもするわけだから、しっかりとしたデータメモを持っている人だっている。そんな人たちを前にして、僕の分際でカレーを語るなんて、おこがましいと想うのだ。


そういや以前、映画『バクマン』もまもなく公開の大根仁監督に『ソーマに連れてってくれ』と言われ、何も意味わからず、心斎橋のクラブへお連れしようとして呆れられた事もある。さて、そんな事はさておき、そろそろ本題へいきますか。


つい先日、あれは8月末でしょうか。某雑誌でカレー企画担当をする後輩男子から、「鈴木さんが好きそうなカレー屋があるんですよ」と突然、声を掛けられた。「って事は、味だけや人気だけの話ではないよね??」と問い返す僕に、彼はニヤリと笑いながら話をしてくれた。


彼の話を要約すると、こうだ。大阪市内のとあるカレー屋、僕も名前くらいは知っているようなとこだったのだが、一見順風満帆に想える、そのカレー屋のfecebookが赤裸々過ぎて凄いと言うのだ。


つまりはオーナーが書いているのだが、1周年を迎えるにあたって、実は店が全く順風満帆ではなかった事…、そして高校時代からの友人である店長との確執も全て綴られている。


それも連載の形を取っており、10回モノとなっている。ひとつ記しておきたいのは、世の中に腐るほどある自意識過剰な糞SNS文章ではなく、理路整然とした魅力的な物語として成立しているという点。


そのドラマチックな展開には想わず引き込まれるし、何よりも嘘がない素敵な物語なのだ。


内容はというと、オープンして2ヶ月目は人が入っていたが、3ヶ月目から陰りから見え始め、データを取り、立地条件も考えて、結果、全てを煮詰め直していく風に進んでいく。


TPPなどの世知辛い世の事情も全く隠さず露骨なくらいに曝け出している。「美味しいものを作り、提供していれば必ず報われる」と自分の味を信じている店長と、それだけでは乗り越えられない市場価格に悩むオーナー。共に一歩も譲り合わない。


この店、元々は関西ではない別地方で人気店だった店で、名前を変えて、敢えて今、カレー大人気の関西に店名は変えてではあるが、満を持して殴り込みにきたのだ。ちなみに前の店名が、今回は看板カレーメニュー名にされている。


そんな大切な名前を付けられたカレーメニューが、実は有り得ない原価率で…、注文が出れば出るほど赤字をたたき出している事が判明してしまう。そのメニューを無くしたいオーナーと、絶対に無くしたくない店長。


話は平行線、何も解決しないまま年を越してしまい、その間にオーナーは持病の腰痛を悪化させて入院してしまう事に…。いや、もう、どれだけドラマチックなんだよ…、細かい街ネタを扱っていた頃の雑誌『クイックジャパン』なら確実にネタを出しているところだ。


年明け1月頭にオーナーは「僕がここにいる必要性が無いと思う」と結論を出し、店長に迫る。1月末店長は「考える事は君がやって、作る事は僕がやるから」と委ねる事を伝え、4月に値段とメニューを改定する事を決める。


そこからの動きは早い。あれだけこだわっていた前店の名前でもある看板メニューを切り捨て、カレー本体は、そのままにして、不評だった量の多いライスを減らし、値段も数十円単位で安くしていく。そして、手に取ってもらいやすいコロッケなどのサイドメニュー開発も進め、上手にバランスを取っていく。


見事なもので結果はすぐに出て、雑誌やwebで評判が高まり、お客さんも安定し始め、1周年企画限定の大博打…ワンコインカレーも大評判を呼び、その客足を現在も持続させる事に成功する。1周年を迎える事が出来ないと…諦念していたオーナーと店長だが、何とか1年乗り切ったのだ。


その後も右利きの人でも左利きの人でもカレーとライスのバランスが変な崩れ方をしないで食べて貰える盛り付けに苦戦しながらも挑んでいる。そして、その盛り付けに成功した事を嬉しそうに綴るなど相変わらずfecebookは赤裸々であり、誠実であり、真摯であり…本当に生々しい。どうでもいいと想える事に、真実は潜んでいる。


もしかしたら、そんなリアルはいらないかも知れないが、僕は、そんなリアルに本気で挑む光景にたまらなくグッときた。ミュージシャンにしても芸人にしても役者にしても映画監督にしてもプロレスラーにしても…何か生み出そうとする苦しさや一生懸命さは職業なんて全然関係ないのだなと想えた。


熱さを敬遠する人は必ずいるけど、真っ直ぐな熱さは必ず報われると想う。淡々と見える人だって、熱い人は、とにかく熱い。売れなくていいや、評価されなくていいやなんて絶対に嘘だし、そんな人を僕は信用しない。そして、流行旬にあぐらをかいてオシャマぶっている人々は絶対に引きずりおろされる。そんな世の中である事を、僕は信じている。


そうそう先日、遂に、その店に行ってきたのだ。オーナーはいなかったけれども、店長の一挙手一投足からカレーライスに対しての心意気、姿勢を感じた。思わず、帰りしなレジで店長に何故来たかをFacebookuの話を交えて手短に明かした。


一瞬で涙目になった店長は、「あんなしょうもないモノを読んで頂き、ありがとうございます。これからも一生懸命頑張りますから、また必ずいらしてください」と丁寧にお礼を言ってくれた。


もちろん、僕も何故か馬鹿みたいに涙目になっていた…。たかがカレーライス、されどカレーライス…。丸太のいかだで黒船に挑む心意気、流行旬に負けないカウンター姿勢…。


好きなカレーライス店がひとつ出来た。東京からの客人にも胸を張って、お薦めできるカレーライス店が出来た。柄にもなく飲食の文章で御座いました。おあとがよろしいようで。